親との関係

私は親の干渉が嫌でアメリカに逃げた

私が親から離れて自分を生きる理由 こんにちは。ayakaです✧本ページでは、自己紹介代わりに私の過去をちょっとだけお話していきたいと思いますʚɞ私は親の影響で精神的に苦...


私は高校2年生の時に、親の干渉が嫌でアメリカ留学をしました。


学校でのいじめも重なっていたことから、一旦どこかに逃げたかったんです。



今回は、親の干渉が嫌でアメリカに逃げたお話をしていきたいと思います!




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アメリカに逃げることになった経緯

高校生のときに精神的限界を迎える


親に対する不満は高校生の時に爆発しました。

「干渉してくる母親ともう一緒にいたくない…」
「これ以上いたらどうにかなってしまう…」


本当に頭が狂ってしまうくらいの限界に近づいていました。



勉強、人間関係、学校、将来のこと、何でも干渉してくる母親。



私の行動は制限され、母に従うことを強制させられていました。



そのうえ、極度の心配性だったんです。



災害が起こりそうになると過敏に忠告してきたり、トイレットペーパーを大量に買ってきたり。



心配ばかりで、それを聞かされている私はもう限界だったんです。



一人でやっていればいいものの、他人にまでそれを求めるから嫌にもなりますよね。



物心がついた時からずっとそんな感じだったので、私の精神状態はもう限界でした。



必死の説得で留学が決まる


精神的にどうにかなってしまいそうだった私は、母と一緒にいないでいられる方法を探しました。


もういっそのこと家出をしようかと思ったくらいですが、そこまでの勇気はありませんでした。



心の相談窓口に電話する頭も働いてなかったですし、心のどこかで「どうせすぐには離れられない」と思っていました。



そんな私が思いついた、唯一の希望の光が「アメリカ留学」だったんです。



高校にも留学のパンフレットがあり、支援体制も結構整えられていました。



幸いにも私は英語が好きで、海外に行くことに興味を持っていたのでアメリカ留学は当時の私にぴったりだったんです。



家出をするよりも罪悪感は少ないですし、面倒なことにならずに親から離れられますからね(笑)



そうと決めた私はとにかく親を説得することに努めました。



もちろん私の親は大反対!(笑)



そんなことはわかっていたのですが、必死の思いで留学の魅力を伝えました。



「とにかく離れたい!」の思いだけで、説得したことを覚えています(笑)


そして私の必死の説得が伝わり、アメリカに行くことを承諾してもらったんです。



本当に奇跡が起きたかと思いました。


波乱万丈なアメリカ留学

ホストファミリーによる銃の発砲


一時的だけど「親から解放される」と思って、ちょっとわくわくドキドキしながら、アメリカでの生活が始まろうとしていた矢先の出来事でした。


ホストファミリー内で銃の発砲があったんです。


お父さんとおじさんが喧嘩をしてしまって、銃を撃ってしまったみたいでした。



その頃、私とホストブラザーとシスターは二階にいたのですが、一階のリビングから銃声が聞こえてきたんです。



初めてのことで、本当にびっくりしました。



私たちは、隙を見て2階から1階に降り、玄関のドアを開けて全速力で近くのホテルまで走ったんです。



そのあとにパトカーが何台も来て、ちょっとした事情聴取が行われました。



そして、この出来事からホストファミリーが変わることになり、波乱万丈なアメリカ生活は始まったんです。



まともにご飯を与えてもらえない


2番目のホストファミリーで起きた出来事です。



びっくりすることに、このホストは最初のホストマザーの元旦那さんのところ。



そのせいもあり、めちゃめちゃ雰囲気は気まずく、怖かった印象でした。



そして、その感は当たって、私はまともにご飯を与えてもらえなかったんです。



朝はこっそりとシリアルを食べる生活。(このシリアルはホストブラザーが私のために買ってくれたものです。)



もし冷蔵庫の中のものが少しでも動いていたら、犯人捜しをされました。



お昼は学校のカフェテリアでご飯が食べれたので大丈夫でしたよ!



でも夜が問題でした。



ご飯に呼ばれない日もたびたびありましたね。



そして家のルールも厳しかったんです。




「部屋に食べ物を持っていってはいけない」

「日本食を家で食べてはいけない」

「20時以降は電気をつけてはいけない」



沢山のルールがありました。




風邪ですごい熱が出たときでも、放置されました。



部屋から出る元気もなかったので、日本から持ってきたお菓子をこっそり食べて過ごしていたことを覚えています。



でも3か月くらい経ったある日、突然ホストファミリーが変わることになって、違う家族のところに行けることになったんです。



その家族はものすごく優しくて、めちゃめちゃ嬉しかったことを覚えています。



ちょうどクリスマスが終わったころにホストファミリーが変わったのですが、プレゼントを用意して待っていてくれたんです。



本当に幸せが溢れました。



クラスメイトによるいじめ


そんな一方で、学校の方ではクラスメイトによるいじめがありました。



自己肯定感がものすごく低かった私は、自己主張が強いアメリカの人たちに圧倒されていたんです。



英語もまともに話せない。

自分の意見がない。


人の顔色を伺ってしまう。




その結果、アメリカでもクラスメイトにいじめられ、悪口を言われたり、はぶられたり、廊下で物を投げられたりと、一人孤立していました。


アジア人差別


これは留学生あるあるかもしれませんが、アジア人差別も受けました。


「ニーハオ」と言われたり、いきなり暴言を吐かれたり、目を引っ張る動作をされて、からかわれたりしていましたね。


留学中の精神状態


びっくりすることに、精神状態は日本にいたよりも良かったんです。


留学後半は、ホストファミリーにも恵まれ、英語も話せるようになっていたので友人も少しずつ出来て、純粋に楽しかったということもあります。


だからと言って、「留学前半がめちゃめちゃ苦しかったか?」と言われたら、案外そうでもなかったんです。




カフェテリアでひとり。

授業中もひとり。

ホストファミリー内でもひとり。




人の干渉がほとんどなかったので自由に過ごせたんです。



2番目のホストファミリーでは、物理的な制限はたくさんありましたが、干渉はされなかったので精神状態はよかったんですよね。



夕食が食べれなくても、昼食はしっかり食べれていたので、体調がものすごく悪くなったわけでもなかったですし。



熱が出た時も、部屋に閉じこもって、テイラー・スウィフトの曲をウキウキで聴いていたのを覚えています(笑)



人の愛情は感じられませんでしたが、自分らしく生きれていたので、充実していたんです。



自分のしていることに何も文句は言われないし、勉強をしなくても怒られない。



人に干渉されないことがこんなにも楽なんだと初めて実感しました。



それに留学中は親との連絡が一切禁止だったので、それもめちゃめちゃ救いでしたね。


私にとっての苦痛度は、まとめるとこんな感じです。

  • 物理的な制限<親の干渉
  • いじめ<親の干渉
  • アジア人差別<親の干渉


いじめられても差別をされても、私は私を生きれているので、そこまで苦痛を感じなかったんです。



もちろん嫌なことは嫌ですよ!(笑)



でも、親に干渉されるよりは全然ましだったんです。



ayaka

誰にも干渉されずに、自分を生きれることがどれだけ幸せかを知りました!

帰国して現実に戻る絶望感


期間が一年という留学だったので、長いようですぐに終わってしまいました。


帰国の月になってしまい、久々に親とメールのやりとりをするようになったんですよね。


そしてこう思ったんです。

「あと少しでまたあの現実に戻ってしまう…」


日本に帰る日が近づくにつれて、精神的に苦しくなっていきました。


留学中は調子が良かった過敏性腸症候群も発症し始めて、「本当に帰りたくないんだ」と感じたんです。


そして、日本に帰国して母親を見た時、私は絶望のような感覚を覚えました。

「あんなにも自由に自分を生きれていたのに、またあの干渉が始まってしまう…」


束縛されて、つまらなくて、疲れて、悲しむ毎日が始まるんだと思ったら、ついこんなことを母の前で言っていたんです。



「現実に戻ってきた感じ。」



アメリカに逃げた感想


過干渉な親から離れるだけで自分を生きることが出来るので、当時学生だった私にとって、アメリカ留学は最高の選択でした。



自分の意見が言えなかったり、人の顔色を伺ってしまったりして、いじめの対象にされてしまいましたが、自分を知る良い経験だったと思っています。



それに一人で海外にいると、何とか周りに合わせようと言語も含めて努力するようになるので、良いことだらけだったんですよね。



なにより、人の干渉がほとんどなかったので楽でした。




まあ、銃の発砲があったり、ご飯が食べれなかったりと、ちょっとしたハプニングはありましたけど…(笑)



でも、自分を生きれていたので毎日が充実していました!


海外に逃げた私が伝えられること


親と一緒にいることが苦しいと感じるときは、離れることが大切です。


一緒にいる人は自分の人生を動かします。


ストレスの原因がそばにいるのといないのだと、本当に人生が変わってくるんですよね。


海外でも県外でも、実家以外のところに行くことを切実におすすめします。

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最後に


いかがでしたか?


海外に行くことは勇気のいることですが、行ってみると色んな学びと発見があります。


もし機会があれば、海外の活気あふれる空気のなかに飛び込んでみることもおすすめします!

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