親との関係

私が親から離れて自分を生きる理由



こんにちは。ayakaです✧




本ページでは、自己紹介代わりに私の過去をちょっとだけお話していきたいと思いますʚɞ





私は親の影響で精神的に苦しい生活を強いられていた一人です。




母は、私の人生すべてに口出ししてくる過干渉な人で、父は子育てに無関心だけど親というプライドだけはある人でした。




正直なところ、当時の私はいつ死んでもおかしくない精神状態だったんです。





でも今の私は、毎日の幸せを思いっきり感じて、自分らしく生きられるようになっていますಇ





「死にたい」とまで思っていた私が、どのようにして幸せを感じて生きれるようになったのか、お話ししていきたいと思います✧






それでは、はじめていきましょう!








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私の親紹介


ayaka

まずは私の両親について紹介していきたいと思います。

【父親】
自営業|子どもに無関心|平日は仕事と飲み会|週末はパチンコ&ゴルフ

【母親】
専業主婦|過干渉|支配的|束縛|教育熱心|ワンオペ育児


子どもに無関心な父親



父は基本的には家におらず、平日は仕事と飲み会。



週末はパチンコ三昧の日々。



子どもにはほとんど関心がなく会話を交わしたことはほとんどありませんでした。



父が家に帰ってきたら、ご飯を食べながら母に仕事の愚痴を言い、私はその光景をただ眺めているだけの生活。



仕事以外のことには興味はなく、昔ながらの亭主関白な人でした。



経済的には支えられていましたが、父親とのコミュニケーションがほとんどないため、ただ私を養ってくれている人という感覚でしたね。




家族という感覚はあまりありませんでした。



過干渉で支配的な母親



一方で母は、仕事とパチンコ以外何もしない父に呆れながら一人で育児と家事をこなし、ストレスを抱えながら生活。



その影響で自分の時間が取れないと騒いで、その愚痴を私はずっと聞いてきました。




嫌なら嫌って言えばいいものの「お父さんはおかずが3品ないとダメなんだ」とおかしなことを言い出したり、「今日中に掃除も終わらせないといけない」と自分に制限をかけて、いつも心に余裕がない母。




自分で精一杯なのに、子どもの私には色々干渉してきてました。



母の言うとおりに従わないと怒られることは日常茶飯事。




少しでも抵抗すると、手をつかんで外に連れていかれそうになったり、参考書が飛んできたり、お尻を叩かれたりすることは普通に行われていました。


そしていつの間にか、私は自分を押し殺して生活するようになっていたんです。

ayaka

理不尽に怒られて、部屋の隅で1時間以上泣いていたことは数えきれないほどありました。

でも泣いても放置されるので、もう抵抗しても無駄だということに気づいたんですよね。

学生時代の葛藤

ayaka

当時の私には、心の居場所はどこにもありませんでした。

学校ではうまく人間関係に馴染めず
家では支配的な母に干渉される

学校で人間関係に馴染めない


幼稚園から高校までずっと人間関係の悩みはありましたね。



例えば、女子グループのリーダーに目をつけられてはぶられたり、物を投げられたり、悪口を言われたり、噂話をされたり。




特に私のクラスはいじめも多かったですし、先生もいじめをする人の味方だったので、登校するのが大変でした。




HSP気質ということもあり、人の感情にものすごく敏感で、うまく人と関わることが出来なかったというのもあると思います。



とにかく私の心はぼろぼろでした。


家での支配的な母による干渉


教育熱心だった母は、私が家に帰ると毎日のように「勉強しなさい!」と言ってきました。



塾や家庭教師も勝手に契約してきて、強制的に通わされたり。


拒否しても「行きなさい」「やりなさい」と言われるばかりで、選択する権限はどこにもありませんでした。



母の言うことは絶対で、逆らったら怒られる毎日。



怒られることが嫌なので、いつのまにか母に従うようになっていました。


ayaka

学校では心の居場所はなかったため、家ではゆっくりしたかったのですが、その余裕は当然なく、、

私が心を休める環境はどこにもありませんでした。


生きるのが辛いから死にたい…

 

こんな辛い毎日を送っていたら、こう思うようになったんです。

「家にも学校にも私を受け止めてくれる場所はないから、もう死んだほうが楽かな」



私はだんだんと死にたい意欲が高まっていきました。



キッチンにあった包丁を自然と手に取り、おなかに突き刺すふりをやってみたり、どうやったら死ねるかを考えるようになったんです。



ベランダから落ちた場合を想像してみたり、雪の日に外に出されたとき、もうそのまま凍え死のうかと考えたり。




何度も繰り返し死ぬ方法を考えてはいましたが、実際にその一歩は踏み出せませんでした…





ちなみに、高校2年生の時に限界が来て、一回全てから逃げるためにアメリカ留学をしています。



詳しくは下の記事を見てみてくださいね。


私は親の干渉が嫌でアメリカに逃げた私は高校2年生の時に、親の干渉が嫌でアメリカ留学をしました。学校でのいじめも重なっていたことから、一旦どこかに逃げたかったんです。今回は、親の干渉が嫌でアメリカに逃げたお話をしていきたいと思います!...


学生時代に発症したストレスから来た病5つ

過敏性腸症候群


中学生のころには、毎朝トイレに駆け込むことが普通になっていましたね。



毎朝先生に「トイレに行ってきてもいいですか?」と声をかけて、静かな廊下に出ていく。



これが本当に辛かったです。


周りの目も気になるし、おなかも痛くなるし。




精神面からくる病気って、薬を飲んでも効かないんですよね。



これが中学から高校までの約6年間、ほぼ毎日行われていました。


迷走神経反射


朝発症することが多かったですね。


急に腹痛と吐き気に襲われるんです。



それと同時に冷や汗が出たり、顔面蒼白になって、立ってらいれなくなる時がありました。


生理不順


1か月に1回来ることは、本当に稀だったと思います。


半年くらい来ないことも普通にありました。

ヒステリー球


喉のあたりに突っかかりのようなものを感じるようになったんです。


最初は「今だけかな?」と思って放置していたんですが、だんだんと悪化してきたんですよね。



喉に丸い球が突っかかったかのように、どんどん息がしづらくなっていきました。



漢方を飲んだり病院に通ったりしましたが、全然治りませんでしたね…


頭痛


留学から帰ってきて、日本での生活にまた絶望していた矢先の出来事でした。


突然、頭に雷が落ちたような激痛に襲われたんです。



そこから2週間ほど同じような痛みが、数分間隔で走るようになりました。


ただの片頭痛だと思っていたので、そのうち治ると思って放置していたんですよね。



でも、放置はやばかったみたいです。



ある日、目を覚ましたら、重石でも入っているんじゃないかくらいの頭痛が私を襲ってきました。


私は起き上がることが出来なくなったんです。



そして、入院することになりました。


私の人生はここで変わった!
入院生活で気づいた2つのこと


ayaka

私の人生はここで変わりました!


「私は生きて幸せになりたい」


入院していたときの私は、頭痛と吐き気に毎日襲われ、本気で「死」を考えました。


薬を飲んでも点滴をしても一向に良くならなかったからです。


全身の検査をしても異常は見つからず、何が原因で起きているのかわかりませんでした。



夜目が覚めては頭痛と吐き気に襲われ、ナースコールのボタンを押す毎日。



そのたびに強い薬を打ち、意識がもうろうとしながら失神するように眠りについていました。



こんな辛い毎日を送る中でこう感じるようになったんです。


「私はまだ死にたくない…」



生きることが苦しすぎたので「やっと死ねる」と感じた一方で、「まだ死にたくない」と感じたんです。



「苦しいままで死ぬのは嫌だ」と本能が教えてくれました。



そして私は、「生きて幸せになりたいんだ」ということに気付いたんです。



苦しい毎日に支配されていたので、幸せになんか目を向けることが出来なかったんですよね。



「死ぬ」ということを身をもって感じれたからこそ、自分の本音に気づきました。


「私を受け止めてくれる優しい人はいる」ということ


寂しがらないように気を使ってくれたのか、学生の私のもとにはたくさんの看護師さんたちが立ち寄ってくれました。


「大丈夫?」と声をかけてくれたり、学校のことを聞いてくれたり。



何気ない会話を通して私の冷え切った心は温かくなっていったんです。



起き上がれない私をお風呂に入れてくれたり、ドライヤーをかけてくれたり、優しくマッサージしてくれたり。



辛かった入院生活はだんだんと楽しくなって、いつのまにか笑えるようになっていました。



そして、私は改めて気づいたんです。


「私を受け止めてくれる優しい人はいるんだ…!」



親から自分を否定され、学校からも見放され、私を受け止めてくれる人が少なかったので、私はいなくてもいい存在だと思っていました。



「こんな私にも温かく接してくれる場所があったんだ」と思ったら、心が温かくなったんです。



そして、何となくこう思いました。



「私、生きててもいいんだ…」って。



このことに気づいてから、私はだんだんと起き上がれるまでに回復し退院できるようになりました。



退院のときには、ナースステーションにいた皆さんが私の方を見て「がんばってね!」と言ってくれたんです。


家にも学校にも居場所がなかった私にとって、人生で一番幸せな瞬間でした。



人生が幸せに導かれるとき


入院が終わってからの私は、



「両親も学校も私が見えている世界の一部に過ぎない」



ということに気づいて



「もっと私を受け止めてくれる優しい世界をみたい!」



と思うようになりました。



そして高校卒業と同時に、地元と親から離れることを決意したんです。



なんとか親を言い包めた結果、自立するまでは経済的サポートをしてくれるとのことだったので、希望の光が見えた瞬間でした。

ちなみにその後は、2年制の学校を卒業後、新卒で海外の会社に就職しました。

海外にいた方が物理的に距離があったので、心の休息をとるのにはぴったりでしたね。

今は日本に帰ってきて生活しています!


洗脳の恐ろしさ


ayaka

とはいえ、親から離れることを決めた時は、正直心苦しかったんです。



なぜなら、母からこう言われてきました。

  • 「あなたのことを一番に思っている」
  • 「あなたのことを考えているから厳しくする」
  • 「あなたのことが可愛いから買ってあげる」



当時の私は、「母=怖いけど私のことを考えてくれている人」だと認識していました。



だから、悪いことをしているように感じたんですよね。

  • 「私は親不孝なのかもしれない」
  • 「私は思いやりがない人間なのかもしれない」


明らかにおかしいじゃないですか。


でも当時の私は、こんなことを本気で思っていたんです。




本当は、親に言いように言い包められて、束縛されていただけなのに…




本来なら実家にいてもおかしくない洗脳状態だったと思います。



ただそれでも私は、親から離れることを決意しました。



たぶん私の本能が「離れろ!」ってプッシュしてくれたんですよね(笑)




そのおかげで、今の私がいます!

洗脳されていると、客観的に物事を見ることができません。

だから、親がおかしいということに気づけないんです。

洗脳されていることに気づいていない方も多いと思うので、「なにかおかしい」と本能的に感じたら、離れることを切実におすすめします。



ayaka

今思うとあんなに苦しいことをされていたのに母を崇拝するなんて、改めて洗脳って怖いなと感じました。



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親から離れたあとの私の成長4つ

本音で生きることができるようになった

「今どんな気持ちで、何が好きで嫌いで、何をしたいのか」

自分が本当に好きな服を買えたり、食べれたり、したいことを思いっきり楽しめたり、まっすぐ夢を追いかけたり。



自分の人生を、自由に選択することが出来るようになったんです。



親から洗脳されていたことも浮き彫りになって見え始めてきて、洗脳からどんどん解放されていきました。


生きづらさを少しずつ和らげることができた

  • 自己肯定感が低い
  • 愛されたいと思ってしまう
  • 孤独を感じやすい
  • 自分の考えがない
  • 行動力がない
  • 発言できない      etc…



育つ中で親からうまく愛情を受け取れなかったために起きた生きづらさを、自分なりに勉強して改善できるようになりました。


本を読んだり、コミュニティーに参加したり。


子育てについても勉強しました。



自分とたくさん向き合って、周囲の人にも頼って、だんだんと生きづらさから解放されていったんです。


私の親は子どもの気持ちに寄り添えないことを改めて知った


親から離れたあとも、頻繁に連絡が来たり、私の人生に口を出すためだけに遠方から家に訪問してきたこともありました。



でも、子育てについて自分なりに勉強していると、親の言動がどれだけおかしいかがわかってきたんです。



だから、私も改めて目が覚めたんですよね。



今までは、自分の気持ちを親に伝えることは控えていましたが、もうぶつかっても大丈夫だと思えたんです。



そして、正直に親と向き合うようになって気づきました。



どんなに自分が変わっても、親も変わらなければ、私の理想とする親子関係にはなれないということ。



だから当時の私は今までの正直な気持ちを伝えて、親に考えてもらうことにしたんです。




「人を愛するとは?」

「子どもの幸せとは?」

「私が親から愛情を受け取れなかった理由は?」





という内容を最後に、私が話したいと思える内容が来るまで一切連絡しないことを伝えたんです。


生きる素晴らしさを見つけた


親からきっぱり離れたことをきっかけに、嫌だと感じる周囲のことすべてを無くしました。


一年生活できるくらいの貯金ができたので、仕事をやめ、友人も整理し、住んでいる場所も引っ越しました。

本当に好きなものだけを残して、あとは全部無くしたんです。



私には執着するものがなくなりました。




仕事もない。

家族もいない。

友人もほとんどいない。

引っ越したので知り合いもいない。



そしたら、急に生きる理由がわからなくなったんですよね。

今までは色々なものに囚われていたので生きる理由があったのに、何もなくなった私は生きる理由がわからなくなりました。


生きる理由がわからない。

だからといって、死ぬ理由もない。


どうにもならない感情のまま、日々が過ぎ去っていったんです。


そしてある時、昼寝から起きたあと、太陽を見るとものすごく綺麗に輝いているのを感じました。

周囲を見渡すと、木々が太陽で光り輝いていて、今度は家の中を見てみると、多くの豊かさで溢れていることを感じました。

あまり人に会っていなかったので、家からも出てみたんです。

そしたら、人の声や笑顔、喜びや悲しみ、怒りでさえも、幸せだと感じるようになりました。

そして、私は気付いたんです。


本当はたくさんの豊かさに囲まれていたんだって。


食べれること。

人がいること。

目で見えること。

聞こえること。

息が出来ること。


普通のことかもしれないけど、本当は素晴らしい世界で生きていたんだって初めて気づきました。



毎日が素晴らしくて、地球の神秘に満ち溢れていて、生きるって幸せなことだなって、改めて感じるようになったんです。



嫌なものをすべて手放して思ったこと

本来、人生は何にも囚われなくていいんです。


囚われているものすべてから解放されたとき、生きることがどれだけ幸せかが見えてくるかもしれません。

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最後に


いかがでしたか?



私が親から離れて生きる理由は、自由にこの世界を楽しむためです。


せっかく生まれてきたんだから、親であっても程よい距離を保ちながら、何にも囚われず自由に生きたいじゃないですか。



過干渉、過保護、コントロールなど、そんなワードを感じてしまうような親元に生まれてきた人には、それぞれ異なる困難が待っています。




だからこそ、私は伝えたいんです。




自分の視野を広げて、自分と向き合って、自分に気づいて、自分の感覚を信じて、人生を歩むことがどれだけ大切かということ!




私がそうやって親を乗り越えてきたように、行動し続ければ自由は見えてきます^^



もし私の体験談を読んで、何か刺激になったり、生きる勇気に繋がっていただけたら嬉しいです。



ここまで長文を読んでいただきありがとうございました!




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